屑の世界

掲載日:2020.12.25

もう一度読みたいけれど、書名も作者もわからない。そもそも小説だったのかノンフィクションだったのかも不明で、その断片だけを思い出す話があったのですが、図書館でたまたま見つけてしまいました。ご紹介します。

「屑の世界(沢木耕太郎)」。ノンフィクション短編集「人の砂漠(1980年)」の中の1編でした。

昭和の後期、東京のはずれでしょうか。個人の屑屋が持ち込むビンや屑金属や古紙などを買い取り、仕分けして、次の行程にのせていくリサイクル問屋のような「仕切り場」と呼ばれる商売の店。
出入りの屑屋たち「ひきこ」はリヤカーや自転車で、街中から屑を集め、そこで買い取ってもらいます。「あんちゃん」と呼ばれながら、その店で働くことになった著者の体験ルポです。

もちろんハッピーで軽快な話ではないのですが、かといって貧困とか過酷な労働環境について書かれているわけではありません。
少し昔のリサイクルの現場の様子は、興味深いですが。描かれた人々は、かなり一般社会を逸脱はしていますが、滅法まともな感覚で生きているとも思えてくるのです。

緑のおじさん、と呼ばれる自転車で屑を集めているひきこがいます。交通安全系なのではありません。昔は徒歩だったのですが、金属屑として店に持ち込まれた古自転車を店主から譲り受けて自転車ひきこになりました。

壁に寄せてある古自転車を見つけたおじさんは、気になって仕方なく、ちらちら見ながら店主に話しかけます。店主は「あげるよ」というのですが、おじさんは頑なに拒み、数100円で買い取って相棒としたのでした。

塗装もはげて色も不明の自転車を、誰かが「緑だね」と言ったのでそう呼ばれるようになったとか。

人力で運搬できる量は小さいので、一日に何度も通うひきこもいます。年の暮れも近づいた頃、いつになく活気づいたおじさんがいました。孫にでもお年玉をやろうとしているのかなと著者は嬉しく思っているのですが。

おじさんに「大晦日も店は開いてるのかい」と聞かれて、あんちゃんは思わず「やるよ〜真夜中までやるさ〜♪ 」と勢いで口をすべらせます。おじさんにとっては、1回でも多く店に買い取ってもらうと現金が増えるので嬉しいのです。

さすがに大晦日の真夜中まではない、店主も店を閉めて家族と過ごすだろう。あんちゃんは、しまったと思います。

結局おじさんが来るまで、自分が開けていようと、あんちゃんは店に立ち、無事おじさんと暮れの挨拶をかわすことができました。

店から出入りのひきこへのお歳暮は、ちり紙一束。年の最後に店主からそれをもらうひきこたちは「こりゃゴーギだね」とか言って、嬉しそうにするのです。あんちゃんも店を閉め、家路を急ぎながらそう言ってみたのでした。

心に残る手触りのようなものは、意外に変わらず記憶されているようで、不思議な感覚でした。作者の名前は完全に忘れていました(!^^)

出歩きにくい年末年始になりそうですが、TVに飽きたら、読書はいかがでしょうか。私は、沢木耕太郎さんの対談集を読んでみようか、と思ってます。