木を磨く
掲載日:2011.02.10
星新一のショートショートに、コンピューターで趣味をアドバイスする商売を始めた科学者の話があります。
(「趣味決定業」1973年)
今ならパソコンに「自分に合った趣味探し」とでも打ち込めば、簡単に検索して情報を集められるのですが、この作品が書かれたのは昭和40年代半ば。「電子計算機」は大企業や研究機関にしかなく、個人の趣味選びというような些細な目的のために使うなんてとんでもなかった時代。まるで21世紀の現代、パソコンの時代を予見した感覚は、さすが星新一です。
自分らしい余暇の過ごし方に悩む人々に喜ばれ、商売は大繁盛。
忙しく働く毎日、科学者はふと自らにも生活の楽しみが欲しくなって、自分のデータを入力してみます。
でてきた答えは〈金属みがき〉。
妙な趣味だな、と思いながらも自信作の「電子計算機」が間違えるわけはない。取りあえず手近にある「電子計算機」本体を磨いてみると……。
お金もかからず、仕事の合間にすぐ出来て。その作業に熱中していると雑念が消え、新しいアイディアまで浮かびます。
おまけに「電子計算機」はいつもぴかぴかで、さらに好感度上昇。ますますお客は増えました。
順調に事業を拡張し2号機を作った科学者。ふと、よく働いてくれた1号機、こいつも何か趣味があってもいいかもと思いつき、試しに2号機と対話させてみました。
2号機の出した答とは?
思わず笑えるその答え、ぜひ読んでみて下さい。(5分で読めます)商売繁盛の良循環って、案外こんなことなのかもしれませんね。
自宅でPCを置いている古い木の机を拭いていて、この作品を思い出しました。
その机はムクの木製なので、触ると木目や傷、すり減ったところなどが柔らかく肌にあたります。板の継ぎ目に雇いザネを入れたり、埋木をした昔風の仕事を眺めたり、指でなぞってみたり。雑巾でごしごしと拭いていると、不思議に気持ちが落ち着きました。
磨き上げた木の天板はすべすべして、手で撫でるといい気持ち。
さて、いい仕事ができるかな?
☆星新一 「趣味決定業」は短篇集『盗賊会社』に収録。
講談社〈講談社文庫〉1973年。