龍の国のお風呂

掲載日:2012.01.12

お正月の松飾りは7日まで?15日まで?と二派あるようですが、スピード重視の昨今、もう片付けたおうちも多いことでしょう。

松飾りを眺めながら、ふと思い出して古い本を引っ張りだしました。『神秘の王国』というブータンについて書いた本です。

ブータンは近年「幸福の国」として注目されている、ヒマラヤの小さな国。著者の西岡京治さんと里子さん夫妻が滞在したうち、最初の1964年から 1970年頃までの記録です。

西岡さんはブータンで終世、農業技術の発展に尽くし、今も国の恩人として尊敬されている人です。

若い夫婦はブータンに派遣され、限りなく日本人と顔つきが似た村人たちが住む村で暮らし始めます。しかし、そこにはお店もなければお金も通用しない、今日の食べ物はどうやって手に入れるの!?という、とんでもなく神秘なところでした。

里子夫人の文章は、衣食住や村の習慣、人間関係など、興味深い細部を的確に伝えてくれます。

ある日二人は隣人に誘われて、戸外の娯楽「露天風呂」に出かけました。川原の地面に、石や木の小さな湯船が埋めまれた場所があって、そこにピクニック気分で出かけ、入浴したり持参したお弁当やお酒を広げたりして楽しく過ごすのだそうです。

温泉ではありません。地面に掘った浴槽の側で薪の火をおこし、その中で大きな石を真っ赤になるまで焼き、それを鉄の火ばさみでつかんで、浴槽の水のなかに放り込むと「じゅじゅん」と泡が立ってお湯が沸くのです。ぬるくなったら、石をお湯から取り出して再び焼きます。手間ですが、泡立つお湯は気持ちよさそう。

そして「松」。浴槽のまわりには、松の若木が6本差してありました。これが、大切なお客へのおもてなし。若妻はこの松を目かくしと思ったようですが、いざ入ってみると、すけすけで困惑。久しぶりの熱いお風呂なのに、今ひとつ楽しめなかったとか。

また、赤ちゃんが生まれた家では玄関先に松が立てられ、それが立っている間は、訪問を遠慮するという習慣もあるそうです。

清々しい緑の松は、福を迎え魔を払う結界でもあり、嬉しいことがあったというお知らせでもあるのかもしれません。神様向けにも村の人々向けにも。我が家のお正月の松飾りも同じだなあ、と。

忘れていたこの本を開いてみたら、高いこころざしと慎ましい暮らしに力一杯な若い夫婦の幸福感が立ち昇るようでした。新しい年が平和で健やかでありますように。

☆西岡京治/西岡里子 『神秘の王国』
 株式会社学習研究社 1978年 

☆『ブータン 神秘の王国』として
 NTT出版より 1998年 増補再刊されています。

☆『世界を変える100人の日本人/ダショー・ニシオカ』
 TV東京より 2009年に放映されました。